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土佐弁「いごっそう」の意味とは?頑固で熱い高知男の真実に迫る!

「いごっそう」――この土佐弁を聞いたことがありますか?
高知県で今も語り継がれるこの言葉には、ただの“頑固者”とはひと味違う、土佐の男たちの誇りや生き様が詰まっています。この記事では、「いごっそう」の意味や由来、実際に高知で見られる文化や人々のふるまい、さらには現代における“いごっそう的生き方”までを、わかりやすく紹介します。
読み終える頃には、あなたも“いごっそう”の魅力に惹かれているかもしれません。

Table of Contents

高知県民に聞いた!「いごっそう」ってどんな人?

昔ながらの土佐の男=いごっそう

「いごっそう」という言葉を聞いたことがありますか?これは高知県の方言「土佐弁」の中でも、特に印象的で、誇り高い言葉のひとつです。高知の人に「いごっそうってどんな人?」と聞くと、必ずといっていいほど「一本気で頑固、でもあったかい人」と答えが返ってきます。

土佐の男たちは、昔から海や山と向き合いながら生きてきました。自然は厳しく、時には命の危険すら伴います。だからこそ、芯が強く、簡単には折れない性格の人が多かったのです。そんな背景から生まれたのが「いごっそう」という言葉。まさに“土佐の魂”を体現する男性像です。

また、高知では「いごっそうでないと男じゃない」と言われることもあるほど。この言葉には、単に「頑固」という意味だけでなく、「筋を通す」「弱いものを守る」「嘘をつかない」といった、男気や人間らしさが詰まっています。現代では少なくなってきたタイプかもしれませんが、今でも地元の人にとっては誇りであり、憧れの存在です。

いごっそうに共通する5つの性格的特徴

いごっそうと呼ばれる人には、共通する性格の特徴がいくつかあります。代表的な5つを紹介しましょう。

  1. とにかく頑固
    自分の信じた道をとことん突き進みます。人から何を言われても、自分の考えを曲げないところがあります。

  2. 口下手だけど誠実
    おしゃべりではありませんが、言葉に嘘がなく、約束は必ず守るタイプです。

  3. 情に厚い
    表には出しませんが、家族や仲間のことをとても大事にします。ピンチのときには誰よりも頼れる存在です。

  4. 正義感が強い
    悪いことには断固として立ち向かいます。間違っていると思ったら、どんな相手にもはっきり意見を言います。

  5. 不器用だけど真っ直ぐ
    人付き合いや恋愛に不器用な面もありますが、そのぶん心の中は真っ直ぐで清々しいです。

このように、いごっそうは一見近寄りがたい印象もありますが、心を開くととても人間味のある魅力的な人物だとわかります。だからこそ、多くの人に愛され、地元では今でも「こんな人になりたい」と思われているのです。

映画やドラマに出てくるいごっそうキャラ

「いごっそう」という言葉を聞いてピンと来ない方でも、映画やドラマに登場する“いごっそうキャラ”を思い浮かべればイメージがつきやすいかもしれません。たとえば、昔の時代劇に出てくる無骨な剣士や、一本気な漁師、または町のトラブルに首を突っ込まずにいられない熱血漢などが、まさに典型的ないごっそうです。

俳優で言えば、高倉健さんや菅原文太さんのようなキャラクターが象徴的。無口で不器用だけれど、ここぞという場面で人を助けるような男たち。実際に高知県を舞台にした映画やドラマでも、そうした人物がしばしば描かれています。

たとえば、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』の坂本龍馬も、ある意味いごっそう。信念を貫き、時に体制に反抗しながらも、時代を変える熱い心を持っていました。そうした人物像が、現代のフィクションでも人気を集めているのです。

実際に高知で聞いた「いごっそう」のエピソード

高知県で実際に聞いた、リアルないごっそうエピソードを紹介します。ある地元の人が話してくれたのは、漁師をしていた祖父の話。台風が近づいて漁が危ないと言われても、「明日は魚がたくさん獲れる日や」と言って海に出たそうです。結果、見事に大漁。しかし、そのあと祖母に「生きて帰ってきてよかった!」と泣かれたとのこと。

また別の話では、地元の神社でトラブルがあったとき、誰よりも先に動いて解決に導いたのが、普段は無口でお酒ばかり飲んでいた近所のおじさんだったそうです。「あの人、やっぱりいごっそうやねぇ」とみんなが口を揃えて言っていたのが印象的だったとか。

こうしたエピソードには、教科書では学べない「土佐の男気」が詰まっています。これこそが、今も高知で「いごっそう」が語り継がれる理由かもしれません。

他県の人が驚くいごっそう流の人間関係

いごっそうの特徴は、人間関係の築き方にも表れます。他県の人が高知に移住したり、仕事で訪れたときにまず驚くのが、「遠慮がない」こと。これは悪い意味ではなく、「思ったことをズバッと言う」「裏表がない」「一度仲良くなったら家族のように接してくれる」といった特徴です。

たとえば、お酒の席でのやり取り。遠慮せずに意見をぶつけ合い、翌日にはケロッとしてまた笑い合う。これが土佐流。口論になっても、そこに「情」があることをみんな理解しているので、後を引きません。こうした文化に最初は戸惑う人もいますが、慣れてくるとその心地よさに魅了されてしまうのです。

つまり、「いごっそう的な関わり方」は、ストレートでぶつかり合うけれど、根底には深い信頼関係があります。この人間関係のスタイルが、現代の希薄な人間関係の中で逆に新鮮に感じられ、注目されているのかもしれません。

「いごっそう」の語源と歴史をたどる

「いごっそう」という言葉の語源とは?

「いごっそう」という言葉は、土佐弁に特有の表現で、標準語ではピタリと当てはまる言葉がありません。語源については諸説ありますが、最も有力とされているのが「意固地(いこじ)」+「漢(おとこ)」の組み合わせという説です。

「意固地」とは、考えを変えずに頑固に自分を貫く性格を意味します。そこに「漢(おとこ)=そう」と読む古い言い方が加わって、「いごっそう」となったというわけです。「意固地な男」つまり、筋の通った、頑固一徹な土佐の男という意味が生まれたのです。

また、方言学者の間では「いごっそう」の音の響きそのものが、高知の男性特有の気質を表すために生まれた“象徴語”だとも言われています。地域によって微妙に発音やニュアンスが違うため、一口に語源を断定するのは難しいですが、いずれにしても「意志の強い男」を表すことに間違いはありません。

江戸時代から続く土佐武士文化との関係

「いごっそう」のルーツをたどるうえで、忘れてはならないのが土佐の武士文化です。高知(旧土佐藩)は、江戸時代には山内一豊が治める藩として知られており、特に下級武士層に独特な気質が根付いていました。

土佐藩では、上士と下士という身分差が非常に大きく、下士は厳しい暮らしの中でも誇りを失わずに生きていました。その中で、「自分の信念を持ち、周囲に媚びず、堂々と振る舞う」ことが美徳とされ、こうした価値観が代々受け継がれてきました。

有名な坂本龍馬も、まさに下士出身。自分の考えを貫き、時代を変えるために奔走したその姿勢は、現代の「いごっそう像」にも通じるものがあります。つまり、「いごっそう」は単なる性格の表現ではなく、土佐武士の精神が今も生き続ける証ともいえるのです。

なぜ今でもこの言葉が残っているのか?

方言は時代と共に廃れていくものも多い中で、「いごっそう」は今でも高知県でよく使われています。これは単に言葉として残っているのではなく、「価値観」として地元の人たちの中に根強く残っているからです。

高知では、小学校や地域の行事などでも「いごっそう精神」が語られます。たとえば、「自分の意見をはっきり言いなさい」「筋を通す人になりなさい」といった教育が行われる地域もあるほどです。地元の大人たちが、子どもたちに「昔ながらの男気」を伝えようとしているのです。

また、高知の人々は自分たちの文化に強い誇りを持っており、その象徴が「いごっそう」。観光客との交流でも、「わしはいごっそうやき!」という言葉が冗談まじりに使われるなど、日常の会話にも自然と溶け込んでいます。そういった背景が、この言葉を廃れさせずに生き続けさせているのです。

土佐弁の中での「いごっそう」の位置づけ

土佐弁には数多くの独特な表現がありますが、「いごっそう」はその中でも特にアイデンティティ色が強い言葉です。高知の方言は豪快で、感情をストレートに表すものが多いのが特徴。その中でも「いごっそう」は、単なる性格描写を超えて、人間としての理想像を表しています。

他の方言に置き換えがきかない、ある意味“象徴語”であり、土佐弁の中でも特別な存在です。「いごっそう」は土佐の人たちの自画像であり、ある種の目指すべき人物像でもあるのです。

ちなみに女性版の「はちきん」も同様に、土佐弁の中で非常に誇らしい言葉とされています。これらの言葉が、単なる「方言」ではなく、「生き方」や「価値観」を表す言葉として定着しているのが、高知の文化の面白いところです。

現代にも通じる“信念を曲げない生き方”

「いごっそう」の生き方は、現代社会においても必要とされている価値観です。多様性や柔軟性が求められる一方で、「自分の信念を持ち、それを貫く」ことの大切さが改めて見直されてきています。

たとえば、SNSや周囲の目を気にしすぎて本音が言えない、という悩みを持つ人が多い現代。「いごっそう」のように、他人に媚びず、時に不器用でも自分のやり方を信じて行動する姿勢は、多くの人に勇気を与えます。

また、ビジネスの場面でも「ぶれない軸」を持つリーダーは信頼されます。そう考えると、「いごっそう的な生き方」は古くさいどころか、これからの時代にこそ求められるのかもしれません。

女性版はいごっそうじゃない?「はちきん」との違い

「はちきん」とはどんな女性?

「いごっそう」が土佐の男の理想像ならば、女性版は「はちきん」です。「はちきん」は土佐弁で「肝が据わった女性」「男勝りで頼もしい女性」を意味する言葉で、高知では昔から広く使われています。

「はちきん」の語源については諸説ありますが、一番よく知られているのが「男四人に対して一人の女が対等にやり合える」という意味から、「八金(はちきん)」=八人分の価値があるという由来説です。この説を裏付けるように、はちきん女性はよくしゃべり、よく働き、よく笑い、そして家族や仲間のためにしっかり支えます。

高知の女性は全国的に見ても、非常に行動力と発言力が強く、地元では「男が黙って女が回す」と冗談で言われることもあるほど。お酒の席でも堂々としていて、地元の居酒屋などでは女性が場を仕切っている光景も珍しくありません。「はちきん」は、そんな頼もしさと親しみを併せ持つ、土佐独自の“かっこいい女”を象徴する言葉なのです。

いごっそうと真逆?それとも似た者同士?

「いごっそう」と「はちきん」を比較すると、性別が違うだけで性格や行動パターンはかなり似ています。どちらも「自分の信念を貫くタイプ」であり、他人に左右されず、自分の言葉でしっかり意思表示するところが共通しています。

ただし、表現の仕方には違いがあります。「いごっそう」は無口で口数が少ないのに対し、「はちきん」はよくしゃべり、感情をはっきり表に出すタイプが多いです。この点が「真逆」と言われる理由でしょう。

しかし、根っこにある「正直で真っ直ぐな生き方」「家族や仲間を思う気持ち」はまったく同じ。どちらも周囲から信頼され、地域社会の中で重要な役割を果たしています。つまり、表現の違いはあっても、価値観は共通しているのです。

高知では「いごっそうと、はちきんが夫婦になると最強」という言い伝えがあるほど、お互いを理解し合える関係性でもあります。

土佐の夫婦に見る「いごっそう」と「はちきん」の力関係

高知の夫婦関係を見ていると、「いごっそう」と「はちきん」が夫婦になった場合、意外にも女性がリードしているように見えることがよくあります。たとえば、家庭の財布を握るのは妻で、夫は「任せちゅうき」と無口に従っている…。これはよくある光景です。

しかし、実際には夫の「黙って信頼する姿勢」と、妻の「それに応える行動力」がバランスを取っている関係なのです。見た目には妻が主導権を握っているように見えても、土台にはお互いのリスペクトがしっかりと存在しています。

これは、いごっそうが「口を出さずに行動で示す」タイプであること、はちきんが「細かいことまで管理して動く」タイプであることに起因しています。つまり、役割分担が自然と成立しているのです。

こうした関係性は、現代の共働き夫婦やパートナーシップにおいても、非常に理想的な形と言えるかもしれません。お互いの強みを活かしながら協力し合うスタイルが、土佐の文化には根付いているのです。

「はちきん女子会」って何?

最近では「はちきん女子会」という名前のイベントやグループも高知県内で増えています。これは「自立した女性」「前向きに生きる女性」を応援する目的で開催される集まりで、地元の起業家や母親たちが参加しています。

たとえば、女性起業家同士が情報交換したり、地域の女性リーダーを招いてトークイベントを開いたりする場があり、そこでは「男に頼らず自分で人生を切り開く」というはちきん精神が随所に見られます。

また、地元の飲食店や企業とも連携して、「女性の活躍」をテーマにしたプロジェクトも展開されています。高知県は全国的にも女性の労働力参加率が高い地域であり、その背景には「はちきん文化」の影響が色濃く反映されています。

このように、「はちきん」という言葉は、単なる昔ながらの女性像ではなく、今を生きる女性たちの生き方そのものを象徴する言葉に進化しているのです。

令和の時代にも生きる“土佐の女魂”

時代が令和に移っても、「はちきん」のような女性たちは今も高知にたくさんいます。しかも、昔のようにただ男勝りなだけでなく、知性や柔軟性、共感力も併せ持った“進化型はちきん”が増えています。

例えば、地域おこしや子育て支援、環境保全などの分野でリーダーシップを発揮する女性たちは、自らの意見を持ちつつも、多様な人々と協調しながら物事を前に進めています。その姿はまさに、令和時代の“土佐の女魂”です。

また、SNSやネットを通じて、自分たちの活動や意見を発信することにも積極的で、全国に向けて「はちきん精神」を伝えようとする人も増えてきました。これは新しい形の郷土愛とも言えるでしょう。

「いごっそう」と「はちきん」は、単なる性格や方言の話ではありません。高知に生きる人々の価値観や誇り、そして未来への希望を表す言葉なのです。

観光でもわかる!高知に息づく「いごっそう」文化

日曜市に見るいごっそう的ふれあい

高知市中心部で毎週日曜日に開催される「日曜市」は、300年以上の歴史を持つ名物市です。約1kmにわたって続く通りには、野菜、果物、魚、漬物、工芸品などが所狭しと並び、地元の人と観光客でにぎわいます。ここでこそ感じられるのが、土佐の人のいごっそう的ふれあいです。

お店を出しているおじさんやおばさんたちは、決して観光客相手に媚びることはありません。むしろ、無骨な口調で「これ買うがか?」「これは昨日の晩に収穫したばっかりやき!」と、自信満々に話しかけてくれます。この正直で裏表のない感じこそ、まさにいごっそう気質そのものです。

値段交渉にも遠慮はいりません。「これ、もうちょっと安くならんかね?」と聞けば、「ならん!」と即答されることも。でもその後で「じゃあ、これオマケでつけちゃおうかね」と言って笑ってくれるのが、高知流の商い。ぶっきらぼうだけど、あったかい。こうしたやり取りが、高知の日曜市では当たり前なのです。

地元居酒屋で感じる人情と頑固さ

高知に来たら、ぜひ訪れてほしいのが地元の居酒屋。観光客向けの大型店ではなく、地元の人が通う小さなカウンター居酒屋に行くと、いごっそうの本質に触れることができます。

たとえば、店主は口数少なくて無愛想。でも、話しかけてみるとぽつぽつと答えてくれて、料理や地酒について語りだすと止まらなくなることも。しかも「このカツオはわしが朝から市場で見てきたきに間違いない!」と、自分の目利きに誇りを持っている姿が印象的です。

また、お客さん同士の距離も近く、「どこから来たが?」と自然に話しかけられることも多いです。一度打ち解けると、翌日には「また来たかえ!」と迎えてくれるような、まるで親戚の家に来たような温かさがあります。

それでいて、筋の通らないことには厳しいのが土佐流。「酔うてるきって失礼なこと言うたらあかんで!」とたしなめられることも。こういうところに、昔ながらのいごっそう気質がしっかりと残っています。

よさこい祭りにも流れるいごっそう魂

毎年8月に高知市内で開催される「よさこい祭り」は、全国的にも有名な踊りの祭典です。よさこいと言えば、華やかな衣装や迫力ある踊り、鳴子のリズムが特徴ですが、その根底には「いごっそう魂」が流れています。

まず、参加チームの多くが「自分たちのスタイルを貫く」ことを大切にしています。踊りの振り付け、衣装、音楽、すべてにこだわりを持ち、ほかのチームの真似をせずに独自の世界観を作り上げる。それがよさこいの美学であり、いごっそう的な精神そのものです。

また、炎天下の中で汗を流しながら踊る姿には、見ている人も胸を打たれます。「絶対に最後まで踊りきる」という熱意や、「誰かのためではなく、自分の信じる踊りをする」という覚悟が感じられるのです。

よさこい祭りは、ただのイベントではなく、高知の人たちの誇りを表現する場。そこに込められた頑固さ、真っ直ぐさ、そして情熱。まさに現代に生きる「いごっそう魂」の結晶と言えるでしょう。

観光ガイドに載らない「いごっそう」的名物

高知には観光ガイドに載っていない“いごっそう的名物”がたくさんあります。その多くは、地元の人しか知らないような場所や人、食べ物に関わっています。

たとえば、山奥にぽつんとあるラーメン屋。店主がいごっそうで、「メニューはこれだけ。気に入らんかったら帰ってくれ」と書かれた張り紙があるようなお店。初めて行くとドキドキしますが、食べ終わる頃には「また来たい」と思わせてくれる味と人情があります。

あるいは、海辺の小さな漁村で、朝早くから漁師さんたちが獲った魚をさばいて販売している直売所。そこでは「これ、うちの網にかかったばっかりやき」と誇らしげに勧められ、買わずには帰れない空気に包まれます。

これらのスポットは、観光パンフレットには出てこないけれど、リアルな高知、リアルないごっそうに出会える貴重な場所です。

高知の方言看板に注目!

高知を歩いていると、あちこちに土佐弁で書かれた看板や案内表示があるのに気づくでしょう。たとえば、「こっから先、行っちゃおえん!」(これ以上進んではいけません)、「あんまり飲みすぎんときよ!」(飲みすぎ注意)など、ユーモアと人情にあふれた土佐弁が街に溶け込んでいます。

特に観光地や市場、居酒屋の前などでは、土佐弁を使って観光客に話しかけるようなメッセージが多く見られます。これも「いごっそう」的なおもてなしであり、飾らない言葉で人との距離を縮めようとする文化の現れです。

さらに、高知駅の構内にも「いごっそう歓迎」などの看板があり、高知県民の誇りと温かさが感じられます。旅行中、こうした看板に注目しながら歩くと、街全体が“いごっそう”の人柄にあふれていることが実感できるはずです

あなたの周りにもいるかも?現代版いごっそう診断

あなたはいごっそう?5つのチェック項目

「いごっそう」は昔の土佐の男のイメージだけではありません。現代にも、その精神を受け継ぐ人たちは存在します。ここでは、あなた自身や周りの人が「現代版いごっそう」かどうかをチェックできるよう、5つの項目をご紹介します。

  1. 他人の意見に流されない
     流行や周囲の空気に合わせず、自分の考えをしっかり持っている。

  2. 曲がったことが嫌い
     不正や嘘、曖昧な態度を嫌い、はっきりとものを言うタイプ。

  3. 寡黙だけど、いざという時に頼れる
     普段はあまり目立たないが、ここぞという場面では黙って行動する。

  4. 仲間思い・家族思い
     自分のことよりも、周囲の人を大切にし、困っている人には手を差し伸べる。

  5. 損得で動かず、信念で動く
     「それは損だからやめとけ」と言われても、自分の信じたことを貫く。

これらに3つ以上当てはまる方は、立派ないごっそう気質を持っていると言えるでしょう。性別に関係なく、**現代の“信念型人間”**として、周囲からの信頼も厚いはずです。

いごっそうタイプの芸能人・有名人

では、芸能人や有名人の中に「いごっそう」タイプはいるのでしょうか?実は、性格や振る舞いから“いごっそう的”とされる人物はたくさんいます。ここでは、世間でも「一本気でかっこいい」と評判の方々をいくつかご紹介します。

  • 高倉健さん
     日本映画界の「無口で不器用だけど男気ある」キャラクターの代表格。まさにいごっそうの鏡です。

  • 吉田類さん(高知県出身)
     お酒と人情を愛する姿勢が、高知の文化そのもの。全国の飲兵衛の憧れ。

  • 三浦知良さん(カズ)
     サッカーにかける情熱と信念。50歳を超えても現役にこだわる生き様に、いごっそう魂を感じます。

彼らに共通するのは、「周囲の評価より、自分の信じる道を歩む」という姿勢。つまり、現代社会でも、いごっそう的な生き方はしっかり輝いているのです。

いごっそうと上手く付き合う方法

いごっそうタイプの人は魅力的ですが、頑固で不器用な面もあり、接し方を間違えると衝突してしまうこともあります。では、どうすれば上手に付き合えるのでしょうか?いくつかのポイントを紹介します。

  1. 無理に変えようとしない
     彼らは「自分の芯を曲げない」ことを大切にしています。アドバイスはOKですが、強制はNG。

  2. 言葉より行動を大切に
     感情を表に出さないぶん、行動で示してくれるタイプ。こちらも言葉より態度で示すと◎。

  3. 「ありがとう」はしっかり伝える
     いごっそうは見返りを求めませんが、感謝の言葉を心から伝えるとぐっと距離が縮まります。

  4. 一度信頼を得たら最強の味方に
     一度心を許してくれたら、どんなときもあなたの味方になってくれる頼もしさがあります。

  5. 怒っても焦らず、そっと見守る
     感情的になると頑なになる傾向があるので、相手が冷静になるまで少し距離を置くのも大切です。

いごっそうとの関係は、一朝一夕には築けませんが、深く信頼し合える関係を目指すには最高の相手かもしれません。

恋人や夫がいごっそうだったときの対処法

もし恋人や夫がいごっそうタイプだったらどう接すればいいのでしょう?恋愛や結婚生活では、日々のちょっとした接し方が大切です。以下のような工夫をすることで、スムーズな関係が築けます。

  1. 「私が引っ張る」くらいの気持ちで
     基本的に受け身で口下手なことが多いので、女性側がリードしても問題ありません。

  2. 相談は“決定事項”より“意見を求める形”で
     「○○にしようと思うけど、どう思う?」と聞くと、彼の考えを尊重していると伝わります。

  3. 自分の気持ちはハッキリ伝える
     遠回しな表現は通じにくいこともあるので、素直にストレートに伝えるのが吉。

  4. 落ち込んでいるときはそっとしておく
     いごっそうはプライドが高い場合も多く、弱っている姿を見せたがりません。そっと寄り添うだけで十分です。

  5. 家族や友人にも愛想よく接すると◎
     いごっそうは身内や仲間をとても大切にするので、周囲との関係も良好に保つと安心してくれます。

このように、ちょっとした理解と歩み寄りが、円満な関係のカギになります。お互いに尊重し合えると、非常に強い絆が生まれるでしょう。

いごっそう的生き方が注目される理由

現代社会では「柔軟性」「協調性」が重要視されがちですが、それだけでは通用しない場面も増えてきました。特に、物事が複雑でスピード感のある現代では、「自分の信念を貫けるか」が成功や充実感のカギになることが増えています。

その中で、「いごっそう的生き方」が再評価されているのです。SNSや情報過多の時代にあって、あえて他人の意見に流されず、自分の道を選ぶ生き方に共感する若者も増加中。「誰かの“いいね”より、自分の“これでいい”を信じたい」という感覚が、いごっそうの哲学と重なるのです。

また、地方創生や地域活性化の現場でも、「ブレない芯を持った人」が必要とされています。そうした場面で、「いごっそう的な人材」は、地域の未来を引っ張る大切な存在になっているのです。

**いごっそうは古くて新しい生き方。**今、私たちが学ぶべき“人としての在り方”が、そこにあるのかもしれません

まとめ:「いごっそう」は今も生きる土佐の誇り

「いごっそう」という言葉には、単なる性格描写を超えた、生き方そのものを貫く精神が詰まっています。高知の厳しい自然、歴史的な背景、そして人と人との温かなつながりの中で育まれたこの言葉は、今もなお多くの人に共感され、愛され続けています。

また、その精神は男性に限ったものではなく、女性には「はちきん」として表現され、力強く、しなやかな魅力となって表れています。どちらも、自分の信念を持ち、まっすぐに生きる土佐の魂の象徴です。

現代の社会でも「ブレない自分軸」や「正直で真っ直ぐな姿勢」が求められるようになった今、「いごっそう的な生き方」は、地方だけでなく都会の若者たちにも必要な価値観として再評価されています。

土佐のことばや文化を知ることは、その土地に生きる人々の誇りを知ること。旅行者も地元の人も、「いごっそう」のような心を持ち、まっすぐに生きる大切さを改めて感じてみてはいかがでしょうか?